JR 茅野駅》国道 299》麦草峠》国道 299》JR 八千穂駅》JR 小海線(輪行)》JR 野辺山駅》旅人宿こっつぁんち泊》国道 141》県道 615 美し森清里線》県道 11 八ヶ岳高原ライン》八ヶ岳高原道路》小淵沢(温泉)》JR 小淵沢駅
前回の麦草峠は 97 年 6 月.まだ BD-1 を買ったばかりで,初めて自転車で走るために輪行して出掛けたのが麦草峠だったのだ.何度か輪行して出掛けてはいたが,自転車で走るのが目的で一泊の旅行を計画したのはそれが最初だった.自転車の月刊誌の記事だったか,「諏訪湖からはどちらの方向に向かっても良いサイクリングコースである」からはじまり「麦草峠を越えるコースは定番」と続いた.そのときとんでもない勘違いがあったのだ.確かに定番なのかも知れないが,自転車に乗り始めたばかりの初心者が 7 段変速の自転車なんかで目指すようなところではなかった.
ぼくはそれをなんとかやりとうし,標高 2,127m の麦草峠までのぼりきったのだ.
[麦草峠アタック '97 のページへリンク]
しかし思っていたよりも時間がかかり,宿での晩ご飯の時間には間に合わなくなってしまった.それにやっぱり下りは気持ちよかったが,登りはとても厳しかった.とにかくもっと軽いギアが無くてはだめだと痛感した.最近のマウンテンバイクは 24 段から 27 段変速と幅広いギア比が選択でき,一番軽いギアなどほんとうに軽いのだ.ぼくもはじめに BD-1 に乗ったときは,一番軽いギアはみょうに軽くて,一体どんな時に使うのかと不思議に思ったくらいなのだが,じっさい厳しい状況ではさらに軽いギアが欲しくなるのだ.
結局麦草峠での厳しい経験から BD-1 にもっと軽いギアを用意することにした.BD-3 用の内装ハブギアを取りつけることなどを考えて,ショップに相談したりした.ところが CYCLETECH-IKD さんで,BD-1 のチェーンリングをダブルにしてフロントディレーラを追加するという方法を提案してもらった.そうそれはサイクルスポーツの「スポーツ折り畳み自転車」の記事を見てから気になっていたことではあるのだ.BD-3 よりも軽く作れることなどにメリットを感じ,チェーンリングのダブル化をすることにした.これも全て麦草峠を登るためである.そしてチェーンリングのダブル化も完成したので,もう一度麦草峠を登って,その効果を確かめなければならないということになった.
[ 上に戻る ]
今回は弟を誘った.今回の彼は三連勝のロードレーサだ.彼はトライアスロンの為にトレーニングをしているので体力的に十分だろうし,弟ということでこっちも気を使わなくて良くて楽なのだ.彼にとってもトレーニングでなく自転車に乗るというのも楽しいらしい.早朝の鈍行列車は登山をするひとと達に混じって輪行袋をもったひとがちらほら.標高のあるやまやまはまだ雪をかぶっている.弟が雪を見てふとこんなことを言う.
「ほら雪が残ってるよ.すごいなぁ.ぼくたちが登るのはあんなんじゃないんでしょ?」
「え?ああ,だいたいあんなんだよ.」
「へ?」
どうやら説明が足りなかったらしい(笑).標高 2,000 m とか言われてもピンとこないのね.そういえばはじめは自分もそうだったことを思い出して苦笑する.しきりに心配している弟にぼくが BD-1 で登れた所なのだから大丈夫だよと声をかける.
今回こそ夕飯までには宿にたどり着かなければならない.そこで今回は諏訪湖あたりを走るのはやめて JR 茅野駅 出発として,それも朝一番の急行よりも早くということで,鈍行列車で来たのだ.駅を 9 時 50 分.最初に見つけたコンビニエンスストアで,買い物をしてよし走るぞってなったのが 10:30 ごろだった.
[ 上に戻る ]
まずはじめはだらだらっとした登りになる.フロントチェーンリングのインナー 42T ギアはいざというときまで使わなくても大丈夫かと思っていたけど,けっこう初っぱなから使うことになる.登りは常に弟に先を走らせた.道はほとんど迷うような所はないのだ.
もくもくと登っていく.確かに前回よりは楽だ.一人でなく一緒に走る人がいるのもあるし,自分自身前回よりは自転車で走りなれているし,自転車も 7 段変速から 14 段変速にしたし,荷物も少なくして前回のようにバックパックは背負っていないのだから.
なんどか買い物をしたが,最後に買い物ができるお店で昼食にした.はじめて気が付いたがそこはガソリンスタンドもやっていたらしい.おそらく自動車が給油できるのもそこが最後なのだろう.その時点でもまだ時間に余裕がありそうだった.15 時前に峠にたっしたいと思っていたのだが,どうだろうと思った.
蓼科別荘地あたりの標高 1,600 m で 13:00.その別荘地を越えると冬期閉鎖のゲートがある.このゲートにたどり着いたのが 14 時すぎ.一時間走ってもそれほど標高はかわらない.ゲートを過ぎてからはだんだんと周りの景色が変わってくる.生えている木がちがってくるのだ.
常に弟が先を走っていた.が,彼もそれほど余裕がある訳でもなさそう.走るペースはぼくよりも早いがやはりやすみやすみでないと登れないようだ.休むたびにぼくが登ってくるのを待っている.ぼくはぼくで勝手に休みをとっているので,ちょっと休んで走り始めると,すぐそこで弟が待っていたりした.
そして 15 時がすぎてから,やっと峠が見えてきた.まずはヒュッテの前で記念撮影.そして峠でも.
峠では八千穂方面から登ってきたマウンテンバイクの 2 人ずれとちょうどすれ違った.峠で記念撮影して休憩をとって,さぁ走るかっていう時点で 15:30.これなら八千穂駅から鉄道で数駅移動した野辺山の宿に 18 時前には着きそうだ.今回はちゃんと夕食が食べられるってことで安心した.
[ 上に戻る ]
峠を越えたらもうほとんど下るだけだ.前回は松原湖方面に下ったが,今回は弟のロードレーサでは砂利道は辛いし,舗装が良い道がいいだろうと言うことで国道 299 をそのまま下って八千穂に向かう事にした.
下りでは今度はぼくが前を走った.峠道のワインディング.こぐ,ブレーキで減速,倒しこんで曲がる,またこぐ.その繰り返しがたまらなく楽しい. 4 輪自動車が前につかえるので,ずーと思いっ切りって訳にはいかない.しかし同じ 2 輪でもモータサイクルはやはり全然違う.下りでもやはり速い.ひらひらとぼくらを 4 輪自動車をかわしていく.
下りの直線.一番思いギアでがんがん踏んでももうこれ以上は足がまわらない.BD-1 のハンドルはひどく暴れていて,それをしっかり押さえつけるのでせいいっぱいだ.時速 60 km.BD-1 の限界を越えているのだ.構造上リアスイングアームがストロークするたびに,わずかに後輪が斜め方向に動くのだから,このような高速域で安定しないのはあないだろう.その点,弟は時速 60 km でもまだ余裕があって,抜く気があればまだまだいけたということで,その点はちょっと口惜しいところ.
それでも下りはやはり楽しい.この楽しさを思えば登りの時の辛さなどほんとうに小さいな事だ.
あれだけ登りに時間をかけたのに,くだりは本当にあっというまで 1 時間もかからないうちに八千穂駅に到着.16 時半前.列車がくるまで少し時間があった.小海線野辺山駅に着くと雨が降っていた.走っている最中に雨にならなかったのは幸いだった.雨の中走るほどの気合いもないので,駅まで宿の主人に車で迎えに来てもらった.
[ 上に戻る ]
無事に宿に着いてから駅前の別の旅館で温泉に入り,宿にもどって楽しみにしていた夕食もとった.夜は早めに寝ることにしてしっかり睡眠時間を確保.翌日は特に急ぐこともないので,朝食後だらだらしてから宿を後にした.
弟は野辺山ははじめてなので,すぐ近くの電波天文台を見学.そのあと国道 141 から県道 615 へ入って,美し森清里線を走り八ヶ岳高原ラインあたりを走った.ここらへんは道路脇に歩道というか自転車用の道があった.が,ほとんど車道を走ったけど.だいたい下りでときどきちょっとの登りがある.弟はどんどん先を走っていく.どうやら楽しいらしい.八ヶ岳高原道路の料金所の手前のレストランで食事をする.そして小淵沢のスパティオ小淵沢で温泉に入る.そういえば以前,弟と富士見パノラマに行ったときもこの温泉だった.もっと他に行くべきだったか.
すっごくゆっくり温泉に入っていたら,帰りの電車の時刻の事をすっかり忘れていた.ホリデー快速ビューやまなし号 15:55 発は乗り換え無しで新宿まで行くし,空いていて始発駅の小淵沢からなら必ず座れるし,普通の料金だから乗り遅れる訳には行かない.慌てて温泉を後にして JR 小淵沢駅に向かった.
[ 上に戻る ]
インナー 42 T のギアを追加して 14 段変速にした効果が良く出て,かなり楽に走ることができた.あとは自転車よりも体力だろうか(笑).時間的にもほぼ予定した時間内で走りきることができたので満足だ.
[ 上に戻る ]
[ 上に戻る ]
1999 年 6 月 28 日作成
おのひろき onohiroki@cup.com